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12 山口新聞に「心の健康」について、9回の連載記事を執筆しました。

山口新聞 コラム東流西流(令和元年7月9日より8月30日まで、毎週金曜日に掲載)

 

第1回「心を支える」

 

臨床心理士で公認心理師(国家資格)の刀根良典です。八年前、周南市に「とね臨床心理士事務所」を開設し、県民の皆様方の心理相談を行っています。この東流西流では、心の健康をどうすれば維持増進できるかについて書いて行きたいと思います。

さて、私たちは生身の人間ですから、どんなに気丈な人でも不安やストレスに悩んだり、自分に自信が持てなくなったりすることがあると思います。そんなときは、臨床心理学と言う学問をベースに、来談者様の心を支え、解決に向けて支援する臨床心理士という人々がいます。医療分野だけでなく、教育・福祉関係等、様々な分野で私たちの仲間が活躍しています。身近には、小中高等学校のスクールカウンセラーも臨床心理士です。

悩むということは、ネガティブなことでも恥ずかしいことでもありません。悩みは人間を成長させてくれます。悩むことができるということは、人間として、よりよく生きたいという切なる願いが、その人の中にあるという証でもあります。自分の問題だから自分一人で解決しなければいけない、などということもありません。餅は餅屋と言いますが、何の分野でも、自分一人の手に余るときには、専門家を活用した方が解決は早いでしょう。

(2019年7月9日掲載)

 

 

第2回「勝ち過ぎは災いの元」

 

今から約八百年前、山口県の壇ノ浦で、源義経は平家一門を完全に攻め滅ぼしてしまいました。この後の義経は、兄頼朝との確執による不運と災いの連続です。

平家が滅亡せず、一定の勢力を保っていれば、頼朝も、戦に天才的な能力を発揮する義経を手放すことができなかったはずです。それをどう間違ったか、義経は平家を完全に攻め滅ぼしてしまいました。それも幼少の安徳天皇まで。頼朝にとって、平家滅亡のその瞬間から、義経は必要な人材ではなくなったどころか、むしろ朝廷の権力者と繋がり、自分を脅かす邪魔な存在と映ってしまったのでしょう。

戦いにおいて、勝ち過ぎは災いの元です。敵を完全完璧に叩き潰してしまうと、その瞬間から別の災いが起こってきます。敵を完璧に壊滅などせず、むしろ弱った敵には塩を送るくらいの度量、度胸、戦略性があった方が、何事もうまく収まるものです。

心の健康を考えるときも同様です。一見、最悪の敵に見える「不安・ストレス」も、完全完璧に解消しようとしない方がよい。「不安・ストレス」は、害にならない程度に少しあった方が刺激になってよい。そう考えた方が実は心理的にも安全なのです。完全完璧を避けることは、生き抜くための知恵の一つです。

(2019年7月12日掲載)

 

3回「不愉快だけど大切!」

 

不愉快だけど大切なもの。その代表格は不安と痛みでしょう。あんな不愉快なものが何故あるのだろうと思ったことはありませんか。ですが、もし痛みという感覚がなければ、歩いていて釘を踏み抜いても気がつきません。これはとても危険なことです。

不安感も同じです。「不安は安心のための用心(森田正馬)」という言葉があります。不安感は実生活上で何か危険な事が近づいていたり、何かがうまくいっていないことなどを、私たちに教えてくれる大事な感情なのです。不愉快ですが、安全を保つために、生存上、どうしても必要だからあるのです。

脚下照顧という禅の言葉があります。不安を感じたときには、心の中よりもむしろ足元、すなわち現実の事実をよく見て、実生活の中にある不安の元を断つ努力をしていけば根本解決に繋がります。

気になることを紙に書き出し、大きな問題は、いくつかの小さな課題に分解し、その一つ一つを、これは誰に相談すればよいか、どう処理するのがよいか検討してみます。

一人で悩まず信頼できる人に相談することも大切です。児童生徒さんでしたら、不安を感じたときには、先生やスクールカウンセラーに相談してみましょう。きっと力になってくださると思います。   

(2019年7月19日掲載)

 

第4回「学んで損はない」

 

様々な困難な状況の中で、学ぶことに縁遠くなっている方も多いと思います。でも、大丈夫です。学ぼうと思った瞬間から道は開けます。

例えば、何かの理由で高校を休学、留年、退学してしまった。そんなときにも道はあります。高校を卒業できなくても高認試験に合格すれば高卒同等と学力認定され、大学や専門学校も受験出来ます。高校1年次以上の課程を終わっていれば、全8科目のうち最大7科目が免除されます。合格の可能性は極めて大です。高認試験は高校に在籍したまま受験可能です。何かの理由で学校に行けなくなったからといって、将来を諦める必要はありません。

また、何かの理由で大学進学が叶わなかったとしても、通信制大学であれば働きながら大学を卒業し、教員免許状など各種資格を取得することも可能です。今や通信制の大学院まであります。働きながら、司法書士、行政書士、社労士、公認心理師など難関と言われる国家資格に挑戦している方々もいます。

私も、若き日に通信制大学で学び教師になり、働きながら大学院を修了。67歳で国家試験にも挑戦しました。学ぶことで苦労は実を結びます。自分の体験から、学びは人生を切り開いてくれる強い味方だと確信します。学んで損はありません。 

(2019年7月26日掲載)

 

第5回「健康経営とEAP」

 

健康経営とは、健康への取り組みをコストではなく、投資と考える経営手法です。「社員を家族のように大切にする経営手法」と表現する人もいます。社員の健康度の高い企業は仕事の質も高く、経営も安定し、その結果、収益も社会的信用度も高くなります。

経済産業省も健康経営に取り組む優良企業を「ホワイト500」として認定する取り組みを行っています。認定を受けると企業イメージはとても良くなり、更に優秀な人材が集まってきます。企業が健康経営の理念を掲げることは、今や常識ともなっています。

健康経営には様々な取組みが考えられますが、その一つにEAP(従業員支援プログラム)の積極的活用があります。EAPとは、社外の事業者が企業からの委託を受けて、社員のカウンセリングやコンサルテーションを行う仕組みです。決められた回数まで社員は自己負担なしで利用できます。仕事のことだけでなく、自分や家族のことなど私的な相談もできます。

メンタルヘルスは予防が第一です。そのためには制度を調えるだけでなく、健康経営の重要性を社員一人ひとりに周知し、積極的に活用していただく必要があります。関係する私たちも、良い仕事をして来談者さまのお役に立ち、少しでも社会に貢献していきたいと思います。

(2019年8月2日掲載)

 

 

第6回「先生を支援する」

 

EAP(従業員支援プログラム)の仕組みを、教職員を例にとって説明します。相談したいことが出てきたとき、配布されている教職員互助会「メンタルヘルス・ポケットブック」相談券を使うと3回、自己負担なしで相談ができます。

それでも問題が解決しないときには、前述の「ポケットブック」に記載されているフリーダイヤルに電話して手続きすると更に5回、面接相談を継続できます。年間に合計8回。年度を跨げば連続して16回、臨床心理士との面談が自己負担なしで可能となります。これだけの回数の面接相談を継続すれば、多くの場合、最初の問題は解決します。

誰が相談に来ているかは、職場に分からないようになっています。相談の秘密は厳守されます。相談内容によっては臨床心理士の方から医療機関をご紹介することもありますし、その逆のケースもあります。 

このように先生方を手厚く支える制度は整えられつつあります。後は活用するかどうかです。この制度が積極的に利用されていくことで、個人も職場も更に元気回復できます。先生が元気でないと、子ども達に良い教育はできません。学校こそ健康経営の視点が重要です。教職員対象のEAPは、先生を支援することを通して、子ども達を幸せにする制度です。

(2019年8月9日掲載)

 

 

第7回「マインドフルネス①」

 

今、心理療法の世界で注目を集めているのがマインドフルネスです。禅、ヨーガなどの東洋の瞑想法が西洋で科学的に研究され「マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)」や「マインドフルネス認知療法(MBCT)」という心理療法に生まれ変わり、日本に逆輸入されました。ストレス軽減効果が科学的に実証されたこともあり、アップル、グーグル、ヤフーなどの有名IT企業でもマインドフルネスが社員研修に取り入れられています。

幸運なことに私は、創始者であるマサチューセッツ大学医学部のカバットジン博士、オックスフォード大学のマーク・ウイリアムズ博士のお二人から直接、マインドフルネスを学ぶことが出来ました。世界的に有名な両先生のサイン入り修了証と記念に写ったツーショット写真は、今や私の宝物の一つになっています。

これまで全国に先駆けて、県庁、山口市、萩市などのメンタルヘルス研修会や、ご依頼のあった学校の教職員研修会などでマインドフルネスを紹介してきました。私の母校である山口県立下松高等学校では、五年前から毎年の秋に、三年生にマインドフルネスをお伝えして、受験ストレス緩和に役立てていただいています。次回はその内容を紹介します。

(2019年8月16日掲載)

 

 

 

 

第8回「マインドフルネス②」

 

私の母校である山口県立下松高等学校にゲストティーチャーとして招かれ、3年生を対象に行った「ストレス・マネジメント」の授業を紙上再現します。

不安を感じるのはメンタルが弱いからだと誤解している若い方々が結構いらっしゃいます。そこで、授業の前半では試験や面接を間近に臨むときに多くの人が感じる不安、緊張感は人間として自然な感情であり、異物として排除しなくてよいこと。不安なまま、目の前の課題にしっかと取り組んでいけば不快な感情も変わっていくこと。このような森田療法理論を基にしたマイナス感情への対処法を伝えます。メンタルの強弱と不安は関係ありません。不安、緊張感は誰にでもある感情です。そのまま前進すればOK! 驀直前進(ばくちょくぜんしん)!

授業の後半は、ストレス軽減に効果の高い「マインドフルネス瞑想」の正しい実施方法を体験を通して学びます。武道、茶道などで行っている黙想と似ています。

マインドフルネスと言っても、元々は日本の伝統的精神文化の一つです。続けているうちに、故郷に帰ったような安心感、安定感、集中力が実感できるようになります。受講した生徒さんは、「考え方を変えるだけで、こんなにも気持ちが楽になるものなんだと、とても驚きました」などの感想を述べていました。 

(2019年8月23日掲載)

第9回「小なりと雖も」

 

山口県には、吉田松陰先生の松下村塾という日本の歴史に残る素晴らしい私塾がありました。「村塾小なりと雖(いえど)も誓って日本の幹とならん」の言葉どおり、幕末維新に活躍した多数の偉人が、講義室の広さ僅か8畳という小さな私塾から育っています。

その松下村塾にあやかって、森田療法とも共通点が多い「マインドフルネス瞑想」を「教育・文化活動」として学ぶ小さな瞑想教室を開きました。本当に小さな学びの場ですが、「マインドフルネス瞑想」を世の中に広めて行ける実践家を育てたいと思います。すでに5名の瞑想スペシャリストが誕生しました。

引き続き、人格見識ともに優れた実践家が次々と育つことで、将来は「マインドフルネスの松下村塾」と呼ばれるくらいの成果を上げたいと本気で思っています。学術的レベルを維持するために、第3回日本ホリスティック教育/ケア学会で共同研究者3名と学会発表も行って来ました。

マインドフルネスは皆のものです。一部の専門家が独占するものでもありません。誰もが、マインドフルネスを学ぶことができ、困難を乗り越え、人生を切り開き、幸せになることができるよう、この学びを広めてゆきたいと思います。

高い志と熱意があれば、きっと松陰先生も応援して下さると思います。ご愛読ありがとうございました。

(2019年8月30日掲載)

by Konomachi Inc.