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3 「自己」を学ぶ 「私の人生絵巻」 (国立教育政策研究所「平成15・16年度 科学研究費補助金基盤研究」分担執筆論文」)

 

 

 

「ヒューマニスティック教育」実践シリーズ

 

「自己」を学ぶ「私の人生絵巻」
 学ぶ意味があると思えるから人間は学習する ~

小・中学校の教師が連携し、
児童生徒一人一人の「夢と知恵を育む」授業を試みる

 

 

とね臨床心理士事務所 カウンセリング・オフィス「ZEN」主宰

臨床心理士 / 自律訓練法認定士 刀 根 良 典

 

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この論文は、国立教育政策研究所「平成15・16年度 科学研究費補助金基盤研究(C)(2)総合的な学習における学習者の認識の深まりを促す教育内容・方法の開発研究――学習者の内的必然性の喚起と振り返り活動をてがかりとして」(研究代表 下田好行 国立教育政策研究所総括研究技官)に、刀根(所長)が分担執筆し、報告書(研究集録)に掲載されたものです。

 

 

1 教材・単元開発における独創性

  

(1)学ぶ意味があると思うから子どもは学ぶ

  

 人間は、自分が行っていることへの「意味」を求める存在である。子供といえども、その例外ではない。学ぶ事への「意味」が感じられないまま、学習活動を強いられることが長期に渡って続くならば、その子どもの内面には、不自然な授業に起因する大きなストレスが蓄積されていくこととなる。

 

 

子どもの多くは、本能的に競争に反応する。そのため、学びの意味・動機を「競争原理」に求めようとするタイプの人もいるかもしれない。たしかに、子どもの「競争心」に訴えかけるならば、一時的に子どもを効率的に動かすことができる。

 

 

達成時間を競わせたり、成果を競わせたり、自分の過去の業績と競わせたりさせて、誉めてやれば、子どもの学習意欲が高まり勉強するようになるのではないか。このような考え方は、一見分かりやすく、素人受けするのも事実である。

 

 

しかし、学習の意味・動機を、「競って勝つ」ことにすり替えてしまうならば、学校が「勝ち組」と「負け組」に2分化されるばかりか、人間性を培っていく場であるはずの学校が、非人間的なストレスの多い場所に変わってしまう事となる。更には、これら「競って勝つ」ことをよしとする考えに立つ方法に条件付けられた人間が、学校教育が終わった後も、自分のテーマを定め生涯に渡って学び続けることは希であろう。これでは、学校教育が生涯学習に繋がっていくことはない。

 

 

また、なかには、表面的な「楽しさ・面白さ」を学びの動機に掲げる人もいるかもしれない。確かに「学び」は、楽しいに越したことはないし、楽しくなければならないのだが、少しくらい楽しくなくても、学ぶ「意味」があると感じたときには、人間は自ら学び始めるのも事実である。なぜならば、そこには表面的な「楽しさ・面白さ」を遙かに超えた、学びへの「意味」と「喜び」が存在しているからである。

 

 

本来、「学び」とは、「意味」を求めて行われる極めて人間的な営みなのである。学びの場から逃走しているように見える子ども達の多くは、「学び」から逃げ出しているのではない。学ぶ「意味」が感じられないことに、苦しんでいるのである。教える側が、このようなことに気づいて、はじめて教師の仕事の本質とは何かが見えてくる。

 

 

人間は、自分にとって「意味」があると思えることに取り組んでいるとき、多少の困難があっても、心の中は「喜び」に満たされ、苦労を苦労とも感じなくなるのである。「学び」についても同じである。教師の仕事の本質は、子ども達が、学ぶ「意味」と「喜び」を発見することができるように、子ども達を支援していくことにある。自分にとって、この学習は取り組むに値すると思うから学習意欲が高まっていくのである。学習意欲の低下は、「学ぶ意味」の喪失に他ならないのである。

 

 

(2)「学び」に人間性を取り戻す「合流教育」からの発想

 

 

学習者にとって「学ぶ意味」のあることをするから学習意欲が高まっていく。ならば、そのためには、どうすればよいのか。この事に真正面から取り組んだものに、故・河津雄介(1)の提唱した「合流教育」がある。

 

 

河津は云う、「一般的にいって、授業が効率的知識獲得をめざせばめざすほど、生徒の学習活動も知的側面のみにかたよる傾向が強くなる・・(中略)・・教材を興味あるものと感じさせるためのもっとも基本的な方法として、合流教育は生徒に教材が自分にとってかかわりの深いものであるという実感を持たせることを重視する・・・・生徒の内面にある一人ひとりの独自性を教材とのかかわりにおいて表出させることで、内にもっている精神的エネルギーを触発し、学習への積極的取り組みをうながそうとするものである。」(2)

 

 

合流教育の原形は、アメリカの「コンフルエント・エデュケーション(Confluent Education)」にある。この教育方法は、1960年代にアメリカのカリフォルニアにあるエスリン研修所で行われていた「ゲシュタルト・セラピー」等の人間性回復に係わる様々な手法を、子どもの学習場面に援用することによって、教育現場に人間的な学びの場と方法を生み出し、児童・生徒の「学習意欲」と「豊かな人間性」を培っていくことを目的の一つとして、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授であった、G・I・ブラウン等の研究グループによって研究・開発された。

 

 

当時、山口大学教育学部助教授であった河津は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の、G・I・ブラウン教授の下で「コンフルエント・エデュケーション」を学び、自分の研究成果を付け加えた上で、それを日本に持ち帰り、日本での共同研究者であった入谷唯一郎(3)との協議の結果、その教育方法を「合流教育」と名付けた。

 

 

「合流教育」は、1970年代に山口大学附属光中学校で日本における最初の研究実践が行われ(4)、その後、河津に学んだ熱心な研究者のグループによって、山口県下の公立小中学校(5)、神奈川県(6)、東京都、大阪府、新潟県等の私立・公立小中高等学校で研究・実践が行われ、今日に至っている。

 

 

「合流教育」は、一部の研究者を除いては、一般にあまり知られていないが、現在、日本の学校現場に紹介されている「構成的グループエンカウンター」と源流を同じくする教育方法の一つであり(7)(8)、日本においても、すでに30年以上の歴史を持つ。

 

 

「構成的グループエンカウンター」は、特別活動や道徳等で主として人間関係づくりをテーマに実施されることが多いが、「合流教育」は、特別活動や道徳等の時間だけでなく、国語、算数、理科、社会等の教科の学習方法の一つとしても活用されることを前提として教育方法の開発がなされていることに大きな特徴がある。

 

 

「合流教育」の「合流」とは、あたかも2つ川の流れが合流して大河となるときのように、授業場面において、学習者の「認知的領域」と、感覚・感情・感性・イメージ・身体機能などに代表される「情意的機能」が合流することにより、そのどちらの流れも渾然一体となるような学習を理想とする。

 

 

「合流教育」の学習場面においては、学習者は、自分の全人格機能、すなわち知的機能、情意的機能、身体機能など自分の全存在をかけて学習対象に取り組むことが重視される。

「合流教育」においては、「知識を一時的に暗記し、必要がなくなれば忘れさるような学習のあり方は真の学習ではないとする。合流教育で学習という場合、それは、学習者の人格に影響を及ぼすような知識技能の獲得のあり方を最も望ましいとする。つまり、学習の究極的目的は生き方を学ぶことである。」(9)

 

 

このような「合流教育」には、以下のような原型的特質がある。(10)

①学習対象について学習者ひとりひとりの独自な感じ方、考え方、見方を掘り起こすことを重視する。

②知的機能だけでなく情意的機能、身体機能など人格の全機能を動員して学習対象に取り組ませることを重視する。

③「自分はどのような人間か」という問いについて明らかにしていくこと、すなわち自己像の明確化という個人にとって重要な意味を持つ作業に関連した学習活動を仕組むことを重視する。

 

 

「合流教育」においては、教材理解と自己理解が学習者の中で同時相即的に深まっていくことにより、学習意欲が高められていく。すなわち、学習者が、人間社会や自然界、あるいは宇宙の森羅万象について理解を深めていくことが、同時に、自分自身をより深く知ることにつながる。更には、そのようにして、学習者の自己理解が深まることは、より広く深く世界について知ろうとする内発的動機づけを学習者にもたらす。

 

 

授業場面において、このような学習が生起するよう、教師は意図的・計画的に教育課程を組んでいく。それを可能とするために「合流教育」では、様々な情意技法を開発し授業場面で用いる。(11)

 

 

次の項において、筆者の行った「合流教育」の事例の一つを紹介する。ここで紹介する実践では、小学校教師である筆者がゲスト・ティーチャーとして中学校に赴き、中学校教師とチームを組み、中学生を対象にした授業を行っている。このような授業形態は通常ではありえないが、この授業は、国立教育政策研究所・委託研究「小・中連携教育(山口県山間部の小・中学校)」の研究の中から生まれてきた実践であることを付け加えておく。

 

 

2 事例の提示 「私の人生絵巻」

 

 

「私の人生は、どうあればよいのか?」「私は、どのような生き方を望んでいるのだろうか?」「私は、どこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか?」「私は、何に価値を置いて生きて行こうとしているのだろうか?」「いったい、自分は何者であるのか?」

 

 

このような事を考えなくても、人間は生きていくことができる。それにもかかわらず、ときに人間は、この種の「問い」を、自分自身に問いかけることがあるのも事実である。とりたてて哲学的なタイプの人間でなくとも、誰でも根本には,このような「問い」に自分なりの解答を得たいと思うのではないだろうか。それは大人であっても、子どもであっても、基本的には変わりはないと思われる。

 

 

このような人間存在の根本にかかわる「問い」に、決まった答え(正解)はないであろう。答えよりも、むしろ、自分に問いかけることの方に、意味があるのではないかと、私には思える。

 

 

これらの「問い」は、自己のアイデンティティーに深く関わっている。大人は大人なりに、子供は子供なりの方法で、自分について、自分の人生について、振り返ってみることは無駄ではない。それどころか、「自己を学ぶ」ことは、古来より教育において極めて重要な事柄であり、教育の本道を進むものである、と筆者は考えている。教育であるからには、発達段階に合致した学びの方法で、意図的・計画的に進められていく必要がある。ここでは子供にも楽しんで学習できる方法を紹介する。

 

 

今回、紹介する実践は、山口県の山間部の中学校の1年生と3年生に、それぞれ実施したものである。自己、人生、アイデンティティー、自己概念等をキーワードとする実践である。人間のライフデザインとも深く係わる授業であることから、キャリア教育等とも関連が出てくることと思われる。

 

 

(1)  単元構想

  

 

    単元の概略

 

 

 この授業は、自己理解・健康的な自己概念の育成等を柱にして、第1次から第4次までの各活動で構成されている。

 

 

第1次 自己を学ぶ

●ステップ1 教師による座談会「私の中学生時代」

●ステップ2 体験学習への導入 

●ステップ3 ライフラインを描く 

●ステップ4 体験のふりかえり

第2次 「私の人生絵巻」の作成 

第3次 物語法(刀根)「賢者の智慧」とシェアリング

第4次 学習のふりかえり 

 

 

    事前の準備物

 

 

この授業には、①上質紙、②葉書大のカード(多数)、③色鉛筆が必要である。上質紙はクラスの人数分準備する。これは、後で詳述するが、ライフライン「一筋の人生」を考えるときに使用する。続いて、画用紙をカッターで切って、葉書大の大きさのカードを大量に準備しておく。通常は、一人分が25枚くらいあれば十分だと思われる。したがって、40名学級だと、千枚くらいのカードを準備しておく必要がある。子供達には、筆記用具と色鉛筆を持ってくるように連絡しておく。

 

 

(2)  授業の実際

 

 

●第1次 自己を学ぶ

 

 

【ステップ1】教師による座談会「私の中学生時代」

 

 

 小学校から筆者である刀根、中学校からは学級担任2名、養護教諭1名の合計4名が、教室の前面に置いた円形テーブルに着席する。4名は、自分のこれまで生きてきた過程(人生の前半生)を振り返り、現在の時点で感じていること、考えていることをテーマにした意見交換を行う。特に、目の前にいる生徒と同じ中学生の頃の自分は、どんなことを感じ、何を考えていたか、仮にもう一度、中学生に戻れたとすれば、どんな生き方をしたいか等について、率直に自己開示を行うよう努める。

 

 

 

写真 教師による座談会の様子(3年生の教室にて)

 

 

 

 生徒は、4名の教師が座談会を行っている様子を、間近で観察し、今の自分を振り返る機会とする。

 

 

【ステップ2】体験学習への導入

 

 

この授業の「ねらい」「教師の願い」等について、生徒に伝える。ここでは次のような事柄を取り上げた。

 

 

●この授業は、かけがえのない「自己」を学ぶことを意図した授業である。各自の「夢」「願い」「生き方」「人生(生命)の意味・価値」等について、自分の考えを意識化し、明確にしていくことを学びの中心にしていること。

 

 

●この地球上には、生命を持った存在(動物、植物、生物、微生物等)は、数え切れないくらいに沢山の数が生まれてきているが、人間として生まれてくるという好運に恵まれることは、ほとんど奇跡に近い。それは、地球上の全生命を大地(土)にたとえるならば、爪の上の土のように希なことであること。それが自分の上に起こったという事実。

 

 

●地球上には、無数とも言える生命体が存在しているが、「わたし」という意識を持ち、自分の生き方について考えることができるのは、万物の霊長たる人間以外には存在していない。

 

 

●人間は、「わたし」という意識を持つ生命体である。生命体であるからには、生まれることがあり、死ぬことがある。生死は、全生命に平等に訪れる。つまり、生命を持つ人間には、始まりがあり、終わりがある。しかもそれは、一方通行であり、誰の人生も二度と再び繰り返されることはない。

 

 

●自分の人生は、可能性としては、いく通りもあるが、実際に進むことができるのは、一筋の人生しかない。その一筋の人生を選択するのは、他でもない自分自身である。

 

 

●人間は、生き方を選ぶことができる。偶然の成り行きだけにまかせて、その日その日を、刹那的に過ごしていくこともできるし、自分の願いを反映させ、それを実現させるように努めて生きることもできる。今日の学習は後者の立場に立っている。

 

 

●人間の人生(運命)は、境遇だけできまるものではない。人生は、自分の努力で切り開いていくことができる。人間としてよりよく生きたいという願いに導かれて、努力と工夫を重ねていくところに、人間としての本当の幸福があること。

 

 

●「ビジョン」を描くことで、人生が変わる。建設的な未来を「ビジョン」として描くことは、人間が生涯に渡って「自己実現」を達成するときに、大きな力を発揮する。私の目の前にいる少年少女たちよ。「子供のときに描いた夢は、必ず実現する!」遠慮することはない。大きな夢を描きなさい。最高の人生を歩みなさい。

 

 

このような意味の事柄を伝える。この中でも最後の部分は、人生の事実というよりも、子供たちに託した授業者の切なる願いである。そもそも、自分の夢は必ず実現できると思って生きていくのと、実現できるはずがないと思って生きていくのとでは、人間としての存在のあり方が、全く違ってくるものである。

 

 

「私の夢は実現する。願いは叶う。必ずそうなる。実現させないでおくものか!」という気概(生きる意志、パワー、生命力等)を育てていくことが、教育者としての自分の努めである、と私は思っている。この想いが、今回の授業を推進していく原動力となっている。

 

 

 

【ステップ3】ライフライン(一筋の人生)を描く(12)

 

 

子供たちに白紙を配る。その紙の上に、一本の直線を引く。この直線は、人間の一生を表現している。一方の端が誕生であり、もう一方の端は死である。この直線に沿って年齢を現す目盛りを打つ。そして、現在自分がいる地点(時点)は、この線上では、どこにあたるか印をつける。続いて、誕生から現在までの出来事で印象深いものを線に沿って書き入れてゆく。

 

 

将来についても、こうあって欲しい、このような事が起こって欲しい等の、将来の夢や計画、自分の願い等を、線に沿って簡単に書き込んでいく。ここで行っている事は、次の活動「私の人生絵巻」作成のアイデアスケッチとなる。

 

 

書き終わったら、4~5人でグループを作り、自分たちの書いたものを紹介し合う。また、友達の話を聞いていて、自分でも取り入れたい事柄を思いついたならば、自分のライフラインの中に書き加えていく。

 

 

第2次「私の人生絵巻」の作成

 

 

前時までに書いた「ライフライン」を見ながら、「人生絵巻」の絵を描いていく。絵は、先に準備しておいた葉書大のカードに描いていく。一つの場面につき、一枚の絵を描くこととする。絵に描かれた場面が何才のときの出来事か分かるように、絵の中に年齢も忘れずに書き入れる。作品には色鉛筆で彩色を施す。

 

 

  筆者の経験では、通常は、2030枚くらいの場面で構成されているのが普通であるが、子供によっては、それよりも多くなることもあるので、カードが品切れになってしまわないように、多めに準備しておく。

 

 

全ての場面を描き終わったら、一枚目から通し番号を記入する。表紙も作る。最後に、作品をセロテープでつないでいくと「私の人生絵巻」の作品が姿を現す。

 

 

 出来上がった作品は、教室に掲示することによって、お互いに紹介し合う。

 

教室に掲示された「私の人生絵巻」の作品

 

 

●第3次 物語法「賢者の智慧」

 

 

 「私の人生絵巻」の作品が描き上がったところで、自分の描いた人生を、別の角度からも振り返ってみる。ここでは、そのために、刀根の開発した「物語法」という手法を用いている。

 

 

自分の智慧の源泉である想像上のアドバイザー、「賢者」に出会い、人生が意味深く、充実したものになるようにするには、何に気をつけたらよいかについて、アドバイスをしてもらうという「物語」を読み、それによって、自分の「価値」や「考え方」等を明確にする。具体的には、授業者の作成した以下のような物語を読み、記入欄に自分の思い描いた内容を記入する、という方法で行う。

 

 

●「賢者の智慧」・・「賢者」と出会い人生の「知恵」を授かる「物語」

 

 

「これから、あなたの智慧の源泉を象徴した「賢者」に出会って、自分の人生を豊かにするための、いろいろな智慧を授かるという、素敵な物語の世界を体験してみましょう。

これからお話しする「賢者の智慧」という物語には、あなたが、主体的に、内容を、ご自分で想像して作り上げていくことができる部分があります。その部分は、あなたが、自由に想像の翼を広げて、ご自分が納得できるように創作してください。きっとあなたを幸せにしてくれる、素敵な物語になることと思います。」

 

 

【導入・背景のイメージ化】

 

 

「あなたは、とても景色の美しい、素敵な場所に、自分専用の別荘を持っています。遠くには、美しい景色が広がっています。別荘は、柔らかな日差しを浴びて、美しい景色を背景に、しっかりと建っています。あなたの別荘は、どんな色ですか。どんな屋根の形、どんな窓の形をしているのでしょうか。建物の回りには、美しく、広い庭があります。

 

 

空は美しく、まわりの空気も澄みわたり、とても爽やかな気持ちです。遠くからは、小鳥のさえずりも聞こえてきます。とても、すがすがしく、そこにいると、平和な気持ちに満たされていきます。別荘の庭には、赤、青、黄色と、色とりどりの花が咲き乱れています。ここにいると、とてもリラックスして、伸び伸びとした気持ちになります。」

 

 

【賢者とコンタクトをとる】

 

 

「さて、今日は、特別な、とても素敵な日です。あなたは、この日が来るのを、朝から心待ちにしていました。なぜかというと、今日は、素晴らしい方を、お客様として、招待しているからです。その方は、夢を実現させたり、悩みを解決したりするための、素晴らしい智慧を、あなたに授けてくださいます。その方は、自分にとって、頼りになる、英知を備えた、賢者なのです。あなたは、自分の別荘で、お茶やお菓子を用意して、その方が来られるのを、待ちます。」

 

 

【賢者をお迎えする】

 

 

「しばらくすると、遠くから、その方が、別荘の前の道を、歩いてこられるときの、頼もしい足音がしてきます。あなたは、別荘の玄関から庭に出て、その方をお迎えします。その方は、とても知性のあふれる、慈愛に満ちた、優しい雰囲気のある方です。あなたは、別荘の応接間に、その方をご案内します。部屋の窓からは、庭に咲く花々や遠くの景色が見えています。」

 

 

 

【相談したいことを決める】

 

 

「あなたは「賢者」に、どんなことを相談したいですか。しばらくの間、自由に想いをめぐらし、「賢者」に相談してみたいことを、以下のワクの中に書き入れてみましょう。」

 

 

【賢者に相談したいことを書きましょう。文字で書くよりも、心に描く方がやりやすい人は、自分の心の中に書きましょう。】 

 

 

「あなたは、「賢者」に、今、自分が考えていることや、悩んでいること等を相談します。その方は、静かにうなずきながら、あなたの話にしっかりと耳を傾けてくださいます。」  

 

 

【賢者からの英知を受け取る】

 

 

「あなたの話を聞いたその方は、あなたの問いに対する、最適な答えを示してくれます。あなたは、その方が、あなたに何を伝えてくださるか、しっかりと聞き取ろうと努めます。賢者からのアドバイスには、あなたを幸せにする、「智慧」が込められています。

では、続いて、賢者に語りかけ、賢者からのメッセージを受け取る場面を想像して、その内容を以下のワクに書き込んでください。(書くことに抵抗のある人は自分の心の中に書きましょう。)」

 

 

【賢者からのアドバイスを書きましょう。文字で書くよりも心に描く方がやりやすい人は、自分の心の中に書きましょう。】

 

 

 

「賢者は、あなたに、どんな智慧を授けてくれましたか。賢者からのメッセージを聞いているうちに、あなたの中には、とても力強い「生きる力」が湧き上がってきます。人生をたくましく生き抜くエネルギーが、あなたの中に蓄えられたのを感じます。これまで悩んでいたことが、なんだか、とてもちっぽけなものに見えてきました。

 

 

自分は、これまで自分が思っていた以上に、素晴らしい存在なんだ。そして自分が存在している、この世界は、本当に素晴らしいところだ。そんな確信が、心の中に生まれてきます。

 

 

あなたに、有益なアドバイスをしてくださった方は、『また相談があるときには、いつでも連絡をするように。すぐに君を助けに来よう。』

 

 

と言って、帰って行かれます。」

 

 

【賢者を見送る】

 

 

「あなたは、丁寧にお礼を述べ、賢者を見送ります。その方は、あなたの別荘を後にして帰って行かれます。あなたは、とても「満足した気持ち」と「勇気」と「生きる力」に満たされています。とても景色の美しい、素敵な場所に建つ別荘を背景に、大地にしっかりと立っている、輝ける「あなた」の姿が見えます。遠くには、美しい景色が広がっています。」

 

 

続いて、「賢者」から授かったメッセージを「人生絵巻」の最後のページに書き込み、「私の人生絵巻」の作品が完成する。

 

 

 お互いに完成した作品を見合いながら、この授業でどんなことを思い・考えたかについて、自由に話し合う時間をとる。

 

 

●第4次 学習のふりかえり

 

 

 これまでの学習をふり返って、感じたこと、考えたことなどを、少人数のグループに分かれて紹介し合う。その後、物語法「賢者の智慧」の2回目の実習を行う。1回目は、生き方をアドバイスしてもらうことを主な内容としたが、2回目は自分の存在や生き方を認め、賢者が自分を誉めてくれるという物語を想像する。

 

 

この実習のねらいの一つは、将来、自分が何かに困ったり、思い迷ったりしたときには、一人で悩んでいないで、誰か信頼できる人に相談すればよい、そうすることで問題解決に至るということを、授業者から生徒へのメッセージとして伝えることにある。そのシュミレーションでもある。

 

 

この実習の後、生徒に授業の感想を記入してもらうともに、「授業モラール・アンケート」「セルフエスティーム・インベントリー」を実施した。

 

 

(2)授業の評価と生徒の変容

 

 

 生徒(1年生)の自己肯定度の変化を把握するためにクーパースミスの「セルフエスティーム・インベントリー」(13)を単元の前後で実施した。また、一連の学習が終了した直後に、この授業にどのくらいの「やる気」で取り組むことができたかを評価するため、5段階評価(3を普通とする)による「授業モラール・アンケート」を実施した。また、自由記述による授業後の感想の記載を生徒に求めた。

 

 

   「セルフエスティーム・インベントリー」から見た授業の効果

 

 

 生徒(1年生)の自己肯定度の変容を見るために、授業の前後で、クーパースミスの「セルフエスティーム・インベントリー」(25点満点)を実施した。前後でT検定を行ったところ、次表の結果が得られた。

 

 

  男子11 女子7名 全体18
第1回平均値 16.90 15.57 16.38
第2回平均値 16.72 19.57 17.83
ー0.18 +4.00 +1.44
有意水準 有意差なし P<0.001 P<0.1

 

 

このことから、この授業によって、当初のねらい通り、生徒の自己肯定度に関しては、向上の傾向が示された。特に今回の授業では、女子生徒に効果が高かった(P<0.001)。その理由として、この時期の男女の発達段階による差を挙げることができよう。すなわち、この時期、男子よりも女子の方が早く大人への階段を昇り始める。そのため、この授業のテーマとするアイデンティティーの確立に関する希求は、男子よりも女子の方が高かったのではないかと思われる。また、将来の夢も、男子のほとんどが将来なりたいものとしてプロ野球・大リーグの選手を挙げており、いわば実現に至ることはほとんど希な、少年時代特有の高い憧れを描いているのに対して、女子は薬剤師、看護師など、努力によって実現可能な、いわば現実的な「夢」を描いているところにも違いがある。男子生徒に関しては、少年時代の高い憧れを大切に生かしながら、どのようにして現実的な未来像を形成していくかが、今後の課題となるであろう。

 

 

   「授業モラール・アンケート」から見た授業の効果

 

 

 単元全てが終了した直後、授業モラールについての質問紙を生徒(1年生)に配布し、その場で記入してもらった。この質問紙は、どのくらい授業が「楽しかったか」「しやすかったか」「がんばったか」「勉強になったか」の4つの項目について、5段階評価をしてもらうものである。結果は、以下の通りである。

 

 

 

授業モラール(5段階評定)平均値

楽しかったか

しやすかったか

がんばったか

勉強になったか

男子11

4.7

4.2

4.4

4.3

女子 7名

3.7

3.5

4.7

3.7

全体18

4.3

4.0

4.5

4.1

 

 

以上のことから、生徒は極めて高い授業モラールの中で、この学習に取り組んでいたことが分かる。

 

 

   自由記述による生徒の感想

 

 

 授業後の感想として、1年生の生徒からは以下の内容が得られた。

 

 

●僕は、この学習を通して、将来がとても楽しみになりました。でも、この学習で考えた自分の将来は、自分が考えただけであって、このとおりにいく可能性は限りなくゼロに近いと思います。だから、いまから、色々なことを頑張って、いい人生にしたいと思いました。

 

 

●「私の人生絵巻」をやって、最初は何をすればいいのか分からなかったけれど、だんだんやっていくにつれ、とても楽しくなりました。あと、やっぱり、人は一人一人、違う人生を歩んでいくんだなあと思いました。

 

 

●T君は、自分で考え自分でみんなに発表できて、すごいと思いました。僕も考えていましたが、みんなに発表するのは、僕にとって、そんなに簡単な事ではありません。でも、僕の考えは「みんな、個人的に秘訣があって、それを聞いていると、僕も、これだったらうまくいくような、いい秘訣だなと思ったり、これで本当にできるかなと思ったりしました」と、言いたかったのです。僕もこれから、考えたことを発表できるように、頑張りたいです。

 

 

●最初、人生絵巻を作るのは、難しそうだなと思ったけれど、作っていくと、どんどんできて、以外と簡単でした。とても楽しい授業でした。特に、自分の夢を考え、絵を描くところや、賢者の言葉を聞くところでした。難しかったところは、生まれたところから、死ぬところまで、考えたことです。(最初の授業) その夢が叶って欲しいです。次に、こうゆうことをすることがあれば、もっと枚数を増やしたいです。

 

 

●僕は、この人生絵巻の学習をして、人生にはたくさんの可能性があるなと思いました。未来の自分を考えるのは、少し難しかったけど、けっこう楽しくできました。未来の自分は、まだ何をしているのか分からないけど、人生絵巻のような人生になればいいと思いました。大人になるのが、楽しみになりました。

 

 

●僕は、この勉強を通して、いろいろ学びました。その中でも、心に残っていることが2つあります。1つ目は、夢をあきらめず強く思うことが大切だということです。僕は、その夢を強く思うことで勇気がつきました。2つ目は、人と人の夢が同じでも、その夢に向かう道は、それぞれ違うということです。そして、僕は分かりました。この世に、同じ人はいない、たとえそれが家族でも、ということを。ありがとうございました。とても勉強になりました。

 

 

●人生絵巻は、楽しく絵を描くだけで、自分の夢を決めることができて、とてもいいと思います。他の人の人生絵巻を見ると、一人一人違うものができていました。死ぬまでにやりたいことが、何でもできる人生絵巻は、とても楽しかったです。

 

 

●同じ就業につくのでも、同じ道を通ることがない、ということに気づきました。同じ人生をたどるというのはないので、個性がよく出ているのだと思いました。僕の人生は、魚釣り一筋です。こんな人生になればいいと思います。

 

 

●人生絵巻をして、未来は、どんなことをしているかな、など、いろいろ考えました。「夢なんて叶うわけない!」と思っていたけど、少しは「夢っていいなー」と思いました。もっともっとつなげて、新しい未来につなげていきたいと思いました。

 

 

●自分の人生を考えるのも、絵を描くのも、面白かった。今まで、こんなことをしたことがなかったから、すごくドキドキした。「人生には無限の可能性がある」と思った。

 

 

●僕は、人生絵巻を書く前は、自分の人生を書くのは簡単じゃないかなと思いました。でも、人生絵巻が書き終わった後に、すごく難しかったなと思いました。やっぱり自分の人生は簡単には決められないと思いました。

 

 

●今まで、○○才で~をするとか、詳しく考えたことがないので、正直、どうしようかと戸惑いました。でも、何枚か書くと「次は、こういうのを書かないと」とか「こんなことが、できたらいいな」というのを書いていくようになりました。途中で、何を書こうか悩んだときもあったけど、家に帰ってからや、休み時間などに書いたので、ゆっくりだけど、たくさん書くことができました。これからも、付け足すことはできるけれど、私は、付け足さないでおこうと思います。何年かしたら、違う夢を持っているかも知れないので、そしたらまた書きたいです。

 

 

●私は、自分の人生なんか、どうなるか分からないし、夢が叶うとも思っていませんでした。でも、人生絵巻を描いていると、「こんなことあったなあ」と思い出すことがあったり、「あんなことしたいなあ」とか、未来を想像できたりして、この絵巻を描いていると、未来や夢が叶う、実現できるような、気がしてきました。一番心に残っているのは、「賢者」に会ったことです。最初は、「私にも、ちゃんと会いに来てくれるかなあ?」と思ったけれど、私の別荘にも、ちゃんと来てくれました。私の別荘は、海に浮かんだ大きな家の建った島でした。賢者は橋を渡ってやって来てくれました。少し年上のお姉さんみたいな人でした。いっしょにケーキを食べて、アドバイスを聞きました。帰っていくとき、「また来るよ」と言ってくれました。私が、賢者から聞いたアドバイスは、人生を楽しくする、夢を叶えるための、大切なことだと思います。誰でも、いい人生を送りたいし、自分が想い描いている夢を叶えたいと思っているはずです。2回目に賢者が来てくれたときは、私を誉めてくれました。人生は、この先どうなるかなんて誰にも分からないし、自分にだって分かりません。でも、賢者からもらったアドバイスと「これがしたい!」という「夢・想い」があれば、誰でもいい人生が送れるはずです。

 

 

●今まで、人生をつくったり、会話を聞いたり、空想の世界に入ったりしました。一番最初に会話を聞きました。今では、あんまりよく覚えていないけれど、「人生は後戻りはできない。一方通行。」この言葉だけは、しっかり覚えています。この言葉を聞いて「本当にそうなんだなー」と思いました。次に人生絵巻を作りました。真っ白だった紙に、何をどんなふうに書いたらよいのか、初めは分かりませんでした。しかし、自分の人生をこんなふうに絵に描いていくのが、だんだん楽しくなっていったと思います。最後に、空想の世界に入っていきました。すごくゆったりできました。それに、色々なことが考えられました。後で、みんなのを聞いたら、全く違うことを考えている人がいたりして、人それぞれで、びっくりしました。過去は変えようと思っても変えられません。時間も止めることはできません。しかし、未来は変えることができます。だから、その一秒一秒を大切にしていきたいです。そして、人生絵巻のように、少しづつ、真っ白な未来に色をつけて行きたいです。

 

 

●人生絵巻をやってみて、「人生を考えるのは難しいなあ」と思いました。でもやってみるのは楽しかったです。自分が大人になったらやることとか、想像するのは楽しかったし、自分の夢や、やりたいことが本当に実現しそうな感じで、絵を描いているとき面白かったです。

 

 

●自分の人生をよく見つめて考えてみると、「私には、やりたいことが沢山あるんだなあ」と思いました。でも、やりたいこと全てがうまくできるとは限らないし、他のことをやって、そのことができなくなったりするかも知れません。でも、「自分の人生は自分で造りあげているから、素敵な人生を送りたいなあ」と、思いました。人生は過去に後戻りすることはできないけれど、未来でやりたいことは、どんなことでもできます。だから、ただ何も考えずに生きるよりは、自分の未来の夢を人生絵巻に描けてよかったです。やはり、幸せな人生を送るには、自分が本当にやりたいことをやることが大切です。その「やりたいこと」というのを見つけるには、とても時間がかかるだろうし、難しいかも知れません。でも、私には、私だけの生き方があるから、それに向かって努力したいです。

 

 

●①出来上がった、みんなの人生絵巻を見ていると、「いろんな生き方があるんだな」、と思いました。それに、「みんな私の人生をしっかり書けているなあ」と思いました。②人生絵巻を描いているとき、「あっ!こんな人生もいいかなあー」と思ったりしました。それに、自分の人生を、しっかり描けたのでよかったと思います。③いつか、教頭先生に「賢者と出会って、話し合ってみましょう」と言われたとき、自分にも、きちんと賢者が現れて、人生のポイントを教えてくださって、嬉しかったです。「世の中には、自分を幸せにしようと言う人が、絶対にいるんだなー」と思いました。今度は、私が誰かを幸せにして上げたいと思います。④「一人一人が描いている夢は違うんだなー」と思いました。(たどり着く所が一緒でも、たどり着くまでの道のりが違うと言うこと。)

 

 

●「こんなに早く、今からの人生を考えるなんてできるのかなあ」と思っていたけど、絵に描いたり、みんなの人生を聞いたりしていると、どんどん夢が大きくなりました。私の人生絵巻は、ちょっと短いけど、やることをたくさん考えたので面白かったです。

 

 

 

授業後の感想には、各自それぞれの想いが素直に表現されているが、書かれた感想からは、人生を豊かに建設的にするにはどうすればよいか等について、どの生徒も真剣にこの学習に取り組んでいる様子が伺える。

 

 

3 開発した「学習方法・教材」

 

 

 この授業では、児童・生徒が学習に取り組むにあたって、学習活動が知的理解のレベルのみに留まることなく、感覚、感情、イメージ等の「感性的領域」や「自己理解」をも含めた「全人格的な学び」が生起するように努めている。そのため、次に述べるような学習方法、教材等を工夫した。

 

 

●座談会における教師の自己開示

 

 

 授業の最初の場面で、教師による座談会を行っている。ここでは、教師が自らの中学生時代やそれ以降に体験した出来事を想起し、生徒に語ることによって、自らの体験を教材として提供している。すなわち、教師自らが、中学生時代に考えていたことや体験したことを自己開示することによって、生徒が自己理解を深めるための手助けをすることや、学習への意欲を高めること等への支援を試みている。

 

 

●ライフライン

 

 

紙の上に1本の直線を引く。この直線を、自分の人生に見立てて、年齢を表す目盛りを打ち、人生上の主な出来事を記入する。これは「私の人生絵巻」を作成する際の設計図、覚え書きともなる。

 

 

●私の人生絵巻

 

 

これは、授業者の一人である刀根が開発した方法である。人生の出来事を絵と短い文で描いていく。1場面につき1枚のカードを用いる。予定していた全ての場面を書き終えた後、1枚1枚のカードを年齢順にセロテープでつないでいくと、「私の人生絵巻」の作品ができあがる。授業者の経験では、通常、30枚前後の場面で構成されることが多い。

 

 

●物語法による「賢者の智慧」

 

 

 物語法は、合流教育の「ガイディッド・ファンタシー(イメージワーク)」の手法(14)を基に、刀根がこの実践のために新たに開発した方法である。学習者のイメージを豊かにするという活動を、イメージワークという方法を取るのではなく、国語の授業等で教材に用いている「物語」の形式を取ることにより、教室での実施がしやすいようにした。

 

 

この手法は、明るく健康的な情景と自己像をイメージ豊かに思い浮かべることができるような「物語」を読むことにより、学習者の教材理解と自己理解を深め、肯定的な自己概念を育成すること等を目的として実施された。授業者は、「物語」を創作するときに、学習者の自己概念の向上がはかられるよう、用いる言葉を十分に吟味することを心がける。

 

 

●シェアリング(フィードバック)

 

 

 授業中に、各自がイメージしたこと、思ったこと、考えたこと等を、お互いに共有できる場面を、できるだけ多く設定する。具体的な方法としては、2人組になって話し合う、数人のグループになって自分の考えを紹介し合う、お互いに作品を紹介し合う、近くの人と自由に話し合う、グループで話された内容をクラス全体に紹介し合う等の活動を、活動の合間にたびたび設定する。

 

 

4 学習意欲向上のための工夫

 

 

(1)    授業者の工夫点

 

 

 この単元においては、学習意欲の向上のため、以下の事柄に留意して授業を構成する。

 

 

・学習者の発達段階に即した学び方を提供する。・認知と情意を統合し、「全人格的」な学びが生起するように心がける。・明るく前向きな人生。肯定的で明確なビジョン。これらを心に強く描くことを勧める。・教材理解、自己理解、他者理解が同時に進行するような授業を心がける。

 

 

この中でも特に重要な事は、明るい前向きの人生場面を、あたかも映画でも観るように鮮明なビジョンとして描くことができるかどうかである。そこで、心の中で情景をイメージするだけでなく、場面ごとに絵を描き彩色を施すことを行っている。絵を描きながら、夢を叶えた自分の姿が、心の中に、印象深い情景として鮮明に刻み込まれるように留意して、授業が構成されている。

 

 

(2)内的必要感・内的関係性・部分と全体との関係性の観点からの解釈

 

 

●人生の全体像を描く

 

 

人間は誰もが、過去の出来事や未来の「夢」を心の中に保持して生活している。しかし、多くの人間にとって、それらはバラバラの出来事や場面として、部分的に思い描かれているにすぎない。

 

 

人間のライフサイクルを明確に意識化し、過去の印象深い経験や将来の「夢」の数々を、自分の人生全体の流れの中に構造的に位置づけて生きていくことができるのは、それを教えてくれる人に出会うという幸運に恵まれた人間か、極めて志の高い人間だけであろう。偶然の出会いに任せておけば、人間にとって、いくら大事なことであっても、誰もが、その機会に恵まれるわけではない。

 

 

そこに意図的・計画的な教育的な営みの必要性が出てくる。生徒一人一人が、過去の出来事や未来への夢や「あこがれ」などを、バラバラのイメージとしてではなく、時間軸に沿って「自分の人生」として、意味のある全体のまとまりとして意識化できるように支援したいとの思いから、この授業が計画・実施された。

 

 

●全人格的な学びを志向する

 

 

 合流教育では、授業をするにあたって、人間の「認知的な機能」と「情意的な機能」の両面に働きかけ、学習者の全人格機能が学習場面で用いられていくことを心がけて、教材を配列し授業方法を工夫していく。本単元でも、身体全体をリラックスさせ、イメージを描き、絵画で表現し、言語を用いて説明するなど、様々な学習の手法を多様に用い、学習が部分的・画一的にならないように工夫を凝らしている。このように、人格の「認知的な機能」と「情意的な機能」が合流する授業を目指すことによって、全人格的な学びが可能となるばかりか、学習者の学習意欲も向上することが、この授業の結果から実証された。

 

 

●健康的・肯定的な自己概念の形成を支援する

 

 

 人間はなぜ学ぶのか。その理由の一つは、学ぶことによって、学習者各人の精神世界が豊かになり、自己の内面に広がりと深まりが生起し、思い描いた「夢」の実現に近づいていけるという確信が生まれてくるからである。更には、学ぶことによって、自己像が健康的で肯定的なものになっていき、各自が生まれながらに持っている能力に磨きがかけられ、強化されていく。それは誰にとっても、この上ない「喜び」である。豊かな「学び」には、それがある。これが、人間が「学び」を求める、理由の一つである。

 

 

したがって、受けている授業にそのような効果が見られない場合、生徒の学習意欲はしだいに低下していくのは理の当然である。そのため、学習の質の向上を考える場合、教師の行っている授業が、児童・生徒の「自己概念の形成」や「夢の実現」に、どのように役に立っているのかが問われていかなければならない。今後、このような視点からの授業評価・検討が更に重要となってくるであろう。

 

 

●キャリア教育推進の視点から

 

 

キャリア教育は職業指導と同一視されやすいが、「キャリア」という用語には、職業選択や職業訓練よりも重く深い意味が内包されている。「キャリア教育」は、専門技術や能力の育成を伴った「生き方」「生きる力」の教育でもあり、そのためには、この授業でも取り上げた、健康的・肯定的な自己概念・アイデンティティーの確立が根底に流れていなければ底の浅いものとなる。従って「キャリア教育」は、0才から始まる、と言っても過言ではないであろう。そう考えると、この授業は、健康的・肯定的な自己概念・アイデンティティーの確立という視点から、「キャリア教育」にも深く関わり、繋がっていくものと考えられる。

 

 

おわりに・・・・・生徒一人ひとりの「夢の実現」を目指す

 

 

人間は誰であっても、心の中に思い描く「夢」があり、苦労しながらも、それらを一つ一つ実現させていくところに「生きる喜び」がある。教育とは、各人が思い描いた「夢」を実現することができ、「生きる喜び」が味わえるよう、児童・生徒一人ひとりを支援していく営みであると言える。

 

 

 見方によっては、現代の日本社会は、子ども達が将来の「夢」を描きにくい状況にあることも事実である。しかし、「そのような時代だからこそ、一人ひとりが、自分の可能性を見出し、夢を育み、その実現に向けてのたゆまない努力をする、さらには、家庭の夢、様々な組織の目標を、学校、家庭、地域社会が協働しながら、ひとつひとつ実現に向けて取組を一層進めていく」(15)ことが渇望されているのではないだろうか。それには、学校においては、児童生徒一人ひとりが「学ぶ意味」があると感じられる授業を提供できるよう、教師が、日々、努力することが欠かせないであろう。

 

 

このささやかな取り組みは、このような「想い」を共有する山口県内の小・中学校の教師の有志によって実践された。私たちは、日々の教育実践を通して、児童・生徒の「夢と知恵を育む教育」の現実化が図られるよう、更に創意工夫を続けていきたいと願うものである。

 

 

(注)

 

 

(1)  河津雄介:山口大学助教授、名古屋聖霊短期大学教授等を歴任。合流教育、シュタイナー教育、教師情意教育、ヒューマニスティック教育、ホリスティック教育、等の実践・研究者。門下生からは数多くの教育実践家・研究者、教育行政関係者等を輩出している。

 

 

(2)  河津雄介 1978「月刊生徒指導4月号」『アメリカ、カナダにおけるドロップアウト生徒の指導と合流教育・・シュライファー先生の実践報告から』学事出版

 

 

(3)  元高槻市教育委員会教育長。河津雄介との共訳で「教室はよみがえる(LIVE CLASS ROOM)」(学事出版)が出版されている。

 

 

(4)  山口大学附属光中学校 1975「認知と情意の統合学習」明治図書

 

 

(5)  日本の「合流教育」は、1970年代前半に山口大学附属光中学校で始まり、山口県下の公立小中学校でも授業研究が続けられ、その成果等が「月刊生徒指導(学事出版)」に、1977年6月から約4年間に渡って掲載され、全国的な注目を集めた。また、その研究実践の流れは、構成的グループエンカウンターのテキストとして出版された山口県大和町立大和中学校 1987 「教師と生徒の人間づくり・第2集」瀝々社 にも見ることができる。

 

 

(6)  刀根良典 手塚郁恵1999「学級経営実践マニュアル  教室はよみがえる」小学館

 

 

(7)  Gloria A Castilo 1978 “LEFT-HANDED TEACHING” Holt,Rinehart and Winston  邦訳は、国分康孝 監修、縫部義憲・西谷英昭 共訳 2000 「心と感性を育てるエクササイズ」 瀝々社

 

(8)  上條晴男2001「授業づくりネットワーク10月号」『日本における合流教育の新しい流れ・・西谷英昭氏に聞く』学事出版

 

 

(9)  河津雄介1977「月刊生徒指導11月号」『アメリカ、カナダにおけるドロップアウト生徒の指導と合流教育・・・シュライファー先生の実践報告から』学事出版

 

10)河津雄介1978「月刊生徒指導11月号」『アメリカ、カナダにおけるドロップアウト生徒の指導と合流教育・・・合流教育理論の紹介(1)』学事出版

 

 

11)理科、国語等の教科の展開例については、刀根良典・手塚郁恵 1999「新版・学級経営実践マニュアル・・・教室はよみがえる」小学館、を参照のこと。

 

 

12)伊東博 1983「ニューカウンセリング」誠信書房

 

 

13Chanfiwld.J & Wells,H.1976, 100 Ways to Enhance Self-concept in the Classroom, Prentice Hall

 

 

14)我が国において、「ガイディッド・ファンタシー」の手法を用いた授業実践が詳しく報告された事例は、筆者の知る限りでは次の文献が日本で最初のものであると思われる。河津雄介 梶田富三 1978「月刊生徒指導7月号」『アメリカ、カナダにおけるドロップアウト生徒の指導と合流教育・・・光中学校の合流教育実践(その3・社会)』学事出版

 

 

15)山口県教育庁 2004年「山口県教育ビジョン・重点プロジクト推進計画」

by Konomachi Inc.