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10 神経質の症状は、なぜ治さなくていいのか?

●NPO法人「生活の発見会」・7月の広島平日女性懇談会で「神経質の症状は、なぜ治さなくてよいのか?」という講話をしました。当日の講話のレジメを掲載します。

●(注)この講話は、器質的な病気でもないのに病気だと思い込んで、実生活が後退している、森田神経質タイプの方を対象にしています。器質的な病気のある方には、あてはまりません。信頼できる医療機関を受診してください。
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広島平日女性集談会・講話の要点     2014年(H26年)7月18日(金)

神経質の症状は、なぜ「治さなくてよい」のか?

とね臨床心理士事務所 臨床心理士 刀根良典

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1 神経質の症状については、「治さない」が正解。「治らない」は誤り

 ・「治さない」と「治らない」「さ」と「ら」の一字違いで雲泥の差。ここの区別は重要。

・森田先生は「神経衰弱と強迫観念の根治法」「対人恐怖の治し方」という本を書いている。

・森田理論で多くの人の神経質症が治っている。治らなければ心理療法の意味がない。

 ・ただし、神経質症は、その症状を目の敵にして、治そうとすればするほど、逆に「とらわれ」がひどくなってしまう。人間の心は天邪鬼(あまのじゃく)。そう思えば思うほど、そうならなくなるという「思想の矛盾」に陥る。ではどうするのか?

・神経質症の「とらわれ」から抜け出すには、「神経質症にどうしてなるのか?」について理解しておく必要がある。

・その前に、神経質症であるかどうかを、信頼できる医師に相談することは必要。(生活の発見会には、協力医制度がある。)

・神経質症であると分かったら、「治す」から「直す」へ、努力方向を軌道修正する。神経質の症状は治さなくてよいが、日常生活は直していく。健康な生活をすれば、精神も健康になる。

2 「神経質症にどうしてなるのか?」を理解すれば、「治さなくてよい」ことが分かる

①      不安の時期・・・・・・・・生きていく以上、誰でも不安に感ずる時期や出来事がある。

②      適応不安・・・・・・・・・今の自分の状態で、はたしてうまくやっていけるか。不安が内向する。この時点で不安に学び、現実的な対応をすれば神経質症は発生しない。そのためには、正しい知識を学んでおく必要がある。

③      ヒポコンドリー性基調・・・神経質者は心身の些細な変化や、誰にでもある違和感にとらわれやすい。また、完全主義傾向が強い。物事に完全・完璧を望む傾向。

④      部分的弱点の絶対視・・・・誰にでもある、小さな弱点を、自分だけにある大きな弱点と思いこむ傾向。弱点・欠点は、実は誰にでもある。この事実に気が付かない。           不安感、違和感、等が少しでもあってはならない。「これさえなければ!」と強くこだわる傾向がありませんでしたか?

⑤      異物化のからくり・・・・・もともと、ときに誰にでもある心身の違和感(緊張感、赤面、気恥ずかしい気分、不安感、心理的な違和感、等)を、あってはならない異物と誤って受け取り、それらを取り除こう、取り除こうと、悪戦苦闘し始める。もともと誰にでもあるものだから、取り除こうにも取り除けないのが当然。なのに、取り除こうと色々なやりくり(はからい)を始める。精神科医で元・慈恵医科大学教授の高良武久先生は、唾液が口の中にあるときには、誰も気にもとめないが、それをいったんお皿に吐き出し、異物と認識した後で、それを再び口の中に戻すのは難しい、という例えで説明しておられます。

⑥      精神交互作用・・・・・・・注意と病的な感覚の悪循環。気になるので注意を向けると、その違和感がますます大きくなる。大きくなるから気になり、ますます注意を向け・・・・・・。という具合に、注意を向けることで違和感も更に増悪していく。そのため更に注意を向けてしまう、という悪循環の罠にハマってしまう。皮肉なことに、治そうとすればするほど、精神交互作用を強めてしまう結果となる。そのため、治そうとすればするほど治らなくなる。

⑦      劣等感的差別感・・・・・・自分と他人を同じレベルで見ることができなくなる。人は平気なのに、自分だけ苦しい。やはり自分は人とは違う、劣っている、と思い込む。実は自分が嫌なものは人も嫌。人はただ我慢していることに気づかない。

⑧      劣等感的投射・・・・・・・神経質の症状、劣等感的差別感、等によって物の見方がゆがんでしまう。それを避けるには、「事実唯真」の立場に立つ必要がある。科学的な物の見方をすること。物事が正しいかどうかは、それが事実に合致しているかどうか、によって考えていくようにする。

⑨      手段の自己目的化・・・・・症状を治すことが人生の一大目標になってしまう。実生活が後退する。この苦しみさえなくなれば、実生活なんかどうでもよい、等の極端な生活態 度に、なってしまわないように注意が必要。あなたの人生は、神経質の症状を治すためにあるのですか?

3 神経質の症状は治さなくてよい

・「神経質は病気ではない(森田正馬)」

・誰にでもあることを、自分だけにある恥ずかしいこと、あってはならないことだと誤認して、治そう治そうとしているうちに、実生活が後退していないか。そちらが問題である。

・症状を治そうとするのではなく、実生活が後退しないようにする。気分をはかるのではなく、現実の生活(実生活)がよくなっているかを問題にする。

・健康な生活を取り戻す。健康な生活をすれば精神も健康になる。

・神経質性格のよさを実生活に生かしてゆく。

・神経質タイプの方に多い「心配性」も「完全主義傾向」も生かし方を工夫すれば長所となる。「心配性」で「完全主義傾向」が強いから完成度の高い、よい仕事ができる。ただし、事実に即して現実的、実際的に考えて行動すること。観念的理想主義、気分本位で行動すると現実と合わなくなる。

・世の中は神経質性格の者が一定数いるからバランスが取れている。世の中の人の全員が「行け、行け、どんどん!」ではブレーキが壊れた車と一緒で危険極まりない。ポジティブ・シンキングだけでは危険。ネアカ人間ばかりだと賑やかで楽しいかも知れないが、軽薄となりやすい。ネクラ人間も一定数必要。世の中は、いろいろな個性の人がいるからうまくいく。画一的、全体主義的な社会が長続きしないのは歴史の示す通り。

・ポジティブ・ケイパビリティー(問題解決能力)だけでは不十分。ネガティブ・ケイパビリティー(陰性能力、安易な解決を求めない能力、問題がすぐに解決しなくても持ちこたえていける能力)も必要。幸いなことに森田神経質は、このネガティブ・ケイパビリティーが高い人が多い。

・「自分探し」の罠。「自分探しの旅」に出て、本当の自分に生まれ変わりたい。いかにもよさそうだけど・・・・・・。嫌な事、めんどうなことは、探し当てた「本当の自分」にやらせよう。そうすれば今の自分がやらなくてすむ。これは究極の依存性。こんな「自分探し」になっていない?

・必要なことは、「嫌々、しかたなしに」でよいので、一つ一つの事柄を丁寧に行っていく。「嫌々、しかたなし」でいいんですよ!

・人のためにつくす。(102歳の現役医師である日野原重明先生も同じことを言っておられます。「命とは時間そのもの。それを誰かのために使うときは必ず訪れるのであり、そのときのために、今、この瞬間に生かされる。」) わが国には「情けは人のためならず」という、素晴らしいことわざがあります。

4 症状不問に見る人間教育としての森田理論

・「症状は治さない」で成功した方(入江英雄博士)の事例

九州大学医学部で放射線科教授、医学部長を経て九州大学総長まで務められた入江英雄博士は、若い時に職業性痙攣に悩み森田先生の指導を受けておられます。入江博士もお若い時には、職業性痙攣だけでなく、神経質性格から来る劣等感にも悩まされておられたようです。

・・・・・中略・・・・・・・

「私は最近ある会合でその出席者リストに慈恵大病院長古閑義之教授の名があるのを発見した。隣の人に、古閑さんはどなたですかとたずねたら、古閑先生はすぐその次の席にいるのだった。昔と同じ温厚な紳士である。しかし四〇年近い歳月をへだてては、すぐにそうとは見わけがつかなかった。大変なつかしがってくれて夕食の御馳走になったりした。まだ治りませんよというと、治らなくてもいいじゃないか、今や九大医学部の最高の地位に居るのだもの、と説得をうけた。」(出典:入江英雄 一九七〇 「森田先生と私」 九大医報)

入江先生は、神経質症状の残滓は残っていたようですが、ご自分の弱点と平和共存しながら人生を開拓し、その後、医学部長から更に九州大学総長にまでなられました。運命はただ耐え忍ぶばかりがよいのではなく、「生の欲望(向上発展欲)」に乗りきって、ねばり強く、切り開いていくものである、という森田療法の根底に流れる教えを「あるがまま」に実践されました。神経質者の鑑のようなお方だと思います。

 

・結論:あなたの悩みが神経質症であると分かったら、「治す」から「直す」へ、努力方向を軌道修正する。神経質の症状は治さなくてよいが、日常生活は直していく。健康な生活をすれば、精神も健康になる。

(以上)

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